2025.12.09抜本的な管理体制の見直しを

 市でまた公金の横領事件が発覚した。市は先月27日、公金約40万円を着服したとして会計年度任用の女性職員を懲戒免職処分とした。8月中旬から10月中旬までの2か月間、住民が納付した税金19件、計40万8200円を記録簿に記載せず私的流用したという。発端は、市民から「納税したのに督促状が届いた」との通報だった。内部の点検では気付けず、市民の指摘で発覚した事実を、市はどれほど重く受け止めているのか。

 本来、公金管理は二重三重のチェック体制が前提である。記録簿、伝票の日々の点検、現金残高の照合──いずれか一つでも適切に働いていれば、不自然な動きは早期に表面化するはずだ。しかし今回は、それらが機能しなかった。市民の通報がなければ、横領は今も継続していた可能性がある。最悪の場合、市民が誤って督促分を二重払いする事態さえ起きかねなかった。行政として看過できない不備である。

 さらに深刻なのは、今回が初例ではないことだ。2023年11月には壱岐の島ホールで、金庫に保管していた釣銭2万円が袋ごと消える事案が発生し、のちにパート職員の着服と判明した。わずか2年の間に2件の横領が起きたことになる。これは偶然ではなく、組織全体の管理体制に共通の欠陥が潜んでいると考えるべきだ。

 市は前回の不祥事後、「信頼回復に努める」と表明し、今回も篠原一生市長が「再発防止策を講じる」と述べた。だが重要なのは、方針ではなく具体策である。あいまいな「努める」では、市民の不信は払拭できない。現金管理のデジタル化、点検工程の複数職員化、会計部署のローテーションなど、実効性ある対策を明示しなければ再発防止策とは言えない。

 部下の不正は管理職、ひいては市長の責任でもある。行政の信頼は、公金管理の健全性によって支えられている。連続する不祥事は、市民の行政に対する根源的な信頼を揺るがすものであり、「個人の問題」と片付けて済む話ではない。

 市は「壱岐新時代」を掲げる。しかし、公金管理という行政の基礎が旧態依然のままであれば、その看板は空虚だ。市民が安心して行政を信頼できる仕組みとは何か──。この問いに正面から向き合い、管理体制を抜本的に見直すことこそ、今、市に求められている責務である。