2025.10.21協定の数より市民の実感を
市が全国の企業や学校と進める「エンゲージメントパートナー協定」が、数の上では急速に広がっている。提携先はすでに50件に及び、AI、教育、観光、農業、DXなど多岐にわたる。行政が島外民間の知恵を取り込み、離島の課題を共有して解決を探る。理念だけ見れば先進的であり、意欲的でもある。
だが現実はどうか。協定の名ばかりが先行し、市民にはその効果が見えていない。「どんな成果があるのかわからない」「誰のための協定なのか」という疑問が島内で聞かれる。行政が協定締結数を成果として並べ立てる一方で、市民の暮らしには何の変化も感じられない。これでは連携疲れすら起こしかねない。
本来、行政と民間の協働は「市民生活をどう良くするか」を原点にすべきだ。しかし、現状の市政にはその視点が欠けている。協定の内容は専門用語が並び、行政内部だけで理解されるような抽象的な表現が多い。市民が実際に何を得られるのか説明がほとんどなく、情報発信も一方的。外向きには革新と映るが、内実は市民不在の空疎な広報に終始している。
協定が行政の実績作りの道具になってはいないか。地域課題を解決するどころか、かえって「やっている感」を演出するためのアリバイ化しているのではないか。50件もの協定が同時進行すれば、行政の管理能力も問われる。実効性の検証や成果の追跡、責任の所在はどこにあるのか。単に契約書を増やすことが行政の仕事ではない。
また、市は2050年に人口2万人維持という大目標を掲げている。しかし人口は減少を続け、若者の流出も止まらない。協定がその根本的な構造問題をどれだけ解決できているのか。補助金や実証実験を重ねても、地元経済や雇用の循環にはつながっていない。行政が外部に頼るほど、地域の自立力は弱まっていくという逆説にも目を向ける必要がある。
市民の多くは、もっと身近な施策を求めている。子育て支援、医療・交通の安心、若者が働ける環境。こうした切実な願いこそ、行政が最優先で応えるべき現場の声である。だが現実には、行政の視線は外向きの協定にばかり向かい、内向きの市民には届いていない。これでは、行政の信頼も失われる。
エンゲージメントとは「関わり合う」ことを意味する。だが、今の市に欠けているのは、外部ではなく「市民との関わり」ではないか。協定の数を誇るよりも、市民一人ひとりの暮らしの中にどんな変化を生み出したのかを検証し、説明する責任が行政にはある。
形だけの連携を積み上げる時代は終わった。必要なのは島の現実を直視し、数字では測れない実感を政策に変えることだ。50の協定よりも一つの確かな成果を。いま市に問われているのはスローガンではなく、誠実な行政の姿勢だ。
